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家にいるときの充実感がない

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「家」について考える。

昨日日曜日のぼくの行動を振り返ってみると、特に家にいるとき、眠すぎてぼけっとしている時間を含めて何もしていない時間が多い。夜になって無理矢理ユニクロと無印良品のブログを書いたけれど、ただの感想だった。

家にいると充実感を得られない、というのがぼくの悩みである。

特に昨日は、15:00〜21:00くらいの行動が意味のないものに思える。PS3、nasneに録画してあったリスアニTVや尺うまや物語シリーズを流して、その途中途中で寝落ちしていた。そういえば寝落ちからの復旧が苦しいという感覚を今後の表現に使えないかと思いメモをしたのを思い出した。寝落ちしながら見たテレビは、また見ないといけない。物語シリーズは毎回何回か見るのだけれど。

15:00〜21:00の6時間、Twitterにも書いてなかった。家でブログやTwitterを書けないのは「モチベーション」の問題だろうか。とすればモチベーションを上げるにはどうしたらいいか。時間があるのだから好きなときに書けば良いじゃないかと思うこと自体がモチベーションの低下を招いていることは確かだ。

テレビを見るという受け身な行動に納得いかないのか。モチベーションがどこかに行ってしまうと、受け身にならざるを得ないし、この受け身のときに敢えてインプットするというやり方もある。

そもそもモチベーションなんて関係あるのだろうか。書くということであれば単純に「家にいると書けない」「外にいれば書ける」ということだけだった。「家にいると書けない」というのが書けない理由というのであれば、「家で書くためには」ということを解決しなければならない。

「家にいるからこそできることをなるべくなくすこと」ということを考える。家にいるからテレビを観ることができる、Blu-rayを観ることができる、本当に聴きたい音で音楽が聴ける、外では読みにくい本を読むことができるなど、家だからこそできることがある。家にいるときに家でこそできることが十分にできないから充実感がないとするならば、書ける書けないの問題ではない。

それでも毎日家に帰るし、外に居ても家に居ても一人であることに変わりはないのだから、もっと家で活動できたらいいと考えている。そのために家をどう変えたらいいのか、ぼくはしばらく考えていく。