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苦しむのではなく、努力をする。/「優雅な肉体が最高の復讐である。」(武田真治)

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 武田真治の肉体作りについて書かれた本「優雅な肉体が最高の復讐である。」を読んでいる。ぼくが自分もやっている筋トレについて言いたいことの全てが書いてあるといっていいほどに共感できる内容だった。

 この本の筋トレなどを始めるときの注意としても書いてあることなのだけれど、ぼくは筋トレやランニングをしていることを誰にも言わなかった。今はもう痩せ終わって、筋トレも維持に入ったので、機会があれば話してもいいと思うのだけれど、人に宣言したりすると、言ったからやるみたいな、変な気持ちになりそうだった。
 会う度に痩せて肉体が変わっているぼくにツッコミを入れるのは親くらいで、会社の人などは気づいてなかったのかもしれない。もしくは気づいていても、病気か何かかと思って何も言えなかったのか。今聞かれたとしても、激務で痩せたとか、いつのまにか痩せてたとか、まともに取り合うつもりもなかったりするのだけれど。
 なぜ筋トレなんかを始めたか。正直よくわからない。ダイエットが終わってやることがなくなり、筋トレを始めたという記憶はある。ダイエットの目的も分からない。スーツや服を全部捨てなくてはいけないくらいになり、そういえば家にある物を捨て始めたのも、ダイエットを始めた時期くらいだった。そのあとは筋トレをやり過ぎと感じた頃にランニングを始めて、今に至る。ダイエット含めて正味4年くらいだろうか。
 体型としては、身長168cm、体重67kg、体脂肪率25%から、体重が53~56kg、体脂肪率が7~10%になった。もうこれ以上痩せられないから、筋トレとランニングで維持している状態といえる。
 正直、これまでの人生において、自分の意思でやればできることなんて、肉体作りくらいしかなかった。もちろん今でもそう。このブログはもうすぐ更新し続けて1年になるのだけれど、いまだ納得できるような状態ではない。1年じゃ足りないのだろうと思うし、自分の中でブログの達成感の定義ができてないから納得のしようがないともいえる。
 「我慢じゃなくて努力する」と武田真治はいっているが、ぼくは、「苦しむのではなくて努力しよう」と言いたいと思う。苦しいということは楽しいということと相反することだけれど、努力することは楽しいといってもいい。楽しく努力することができる。苦しいことには何か理由があるけれど、努力することに理由はない。筋トレもランニングも、なんの理由もなくやってしまう。冷静になるとなにやってるんだろうと思う。でもやっぱり自分の体を感じれば、やって良かったと思える。こんな感じで、得意げに人に話せるようなことではないけれど、この本を読んで、肉体作りは楽しさを見つけられることだと、紹介が出来るようになれそうな気がした。