アイドルをJ-POPの系譜から外したらどうか

 ぼくはアイドルの楽曲が好きである。あの、聞き手への媚びを最大化し、ポップさを突き詰めた楽曲が好きだ。特にAKBグループの楽曲などは数多くの作曲家が、みんなに好かれるメロディをつくり、凌ぎを削っている。その大量の楽曲のなかから採用された楽曲である。良くないわけがない。またそのなかに織田哲郎後藤康二小澤正澄がいたりするのも、個人的には嬉しかったりする。まだ戦えるんだなと。
 最近のアイドルの楽曲というのは、かつては細野晴臣後藤次利、(TKブーム前の)小室哲哉などがアイドル達に歌わせてきた系譜には乗っかってこない。なぜなら今は、歌われるのが「人」ではなく「グループ」であることが大きい。タイトルに書いたように、アイドルをJ-POPとすることの違和感はここにある。
 昔が良かったというわけではなく、時代が変わったのだと思っている。今で言えば、モーニング娘。の10年前の曲を語るのに、後藤真希がいた時代、というような言い方をする。これはまだ「人」がいた時代である。しかし10年後に今の時代の曲を語るのに、AKBの前田敦子がいた時代の曲、とは絶対に言わないと思っている。それほどに、今のグループには「人」の影が薄い。極端なことをいえば、今のアイドルの楽曲はアイドルの誰が歌っているのかよく分からない。
 誰が歌ってもいいアイドルの楽曲があるのが悪いわけではない。むしろ楽曲のメロディや歌詞は良いものが多くて、なんだかんだ聴いている。しかし楽曲を聴いているのであって、誰が歌っているかが頭に入ってこない。入れる必要も感じない。
 もし「人」と「楽曲」で音楽をやっている人たちをJ-POPとするならば、アイドルはJ-POPから外しても良いのではと思う。ランキングなんかも、J-POP、J-ROCKランキングと、アイドルランキングを分けるとか、CDも売り方でランキングを分けるとかするほうが、趣味が多様化する時代に合っているのではないかと思う。そうしたほうが色々な音楽のことを知ることができて、さらに多様な趣味の人にアプローチできて、業界全体にも良いのではないだろうか。