朝を素早く過ごしている。

ぼくの朝は素早い。何が素早いかというと、起きてから家を出るまで動きが素早いのだ。起きたらまず、その起き上がる動作の流れでワイシャツやスーツを着る直前まで着替える。そして顔を洗い、頭は敢えて整えるような髪の量でも長さでもないので水を浴びせて終わらせる。さらに、ぼくはとても視力が弱いのだけれど、朝はできるだけ眼鏡をかけないで用意をする。家を急いで出るのも、目が見えない状態でいるのは、現実を見たら出勤などしたくなくなるからだ。これで家を出るまでに目覚めてから30分もない。

ほぼ毎日、会社に出勤する1〜2時間前には会社の近くまで行っておき、ファーストフードや喫茶店で過ごす。朝から外出の時は、外出先の近くまで行っておく。ここまで来て会社に行かないためには、また家に戻らなければならないような状態まで自分を追い込む。寝ぼけたまま会社の近くまで行ってしまうことで、会社に行くことを仕方なしと思えるようになる。朝よっぽど調子が悪くないかぎり、だるかったり眠かったり元気だっりするのに気づくのは、会社の近くで落ち着いてからだ。だるいって思っても会社の近くにいらば、まあ行くかということなるけれど、家にいたら、このだるさで満員電車に乗って会社に行くのか、という最悪行く気がなくなってしまう。

また、6時台の電車に乗れれば電車も空いているので気持ちがいい。たまに遅れてしまうと、満員電車になる。実は今日まさに満員電車に乗ってしまって、人の多さに目が回りそうになった。人が近くにいるだけで疲れる。

自分の時間を最大化するために職住近接が良いということを聞くけれど、ぼくみたいな精神状態でいる人にも、案外合っているのではないかと思う。ぼくは会社の近くにいることで、否が応でも会社に行くだろう。見方を変えれば、会社の近くに住むことで、会社に行かないという選択肢を最初から諦めているようなものだ。

Googleカレンダーを振り返ると、どうやらこういう生活を2010年の春くらいからやっているようだった。最初は探り探り、一時期は会社の近くではなく地元の駅前だったり、形を変えながら、朝ちゃんと会社に行くための工夫をしていた。朝会社に行くのが辛くなってからもう4年も経つのかと思うと気が遠くなる。毎朝1時間、1年の平日を250日として、もう1000時間だ。いつになったら、このような気持ちに折り合いをつけられるようになるのだろうか。