55個19,300円分の粗大ゴミを処分した。粗大ゴミの処分は計画的に。

 2回目の粗大ゴミの処理と、掃除をしてきた。結果的に購入した粗大ゴミ券は、300円が55枚、200円が14枚、合計19,300円となった。粗大ゴミ券を買い集めるだけでも、コンビニを数日に分けて7,8件は回ったと思うし、一時的に近所のコンビニから粗大ゴミ券がなくなったかもしれない。
 処分した物の数でいうと、300円×48個で、700円×7個、合計55個ということになる。200円券は価格を700円に対応するために使われている。粗大ゴミの対象になる物は、これは自治体にもよるが、ぼくがいた地域では一辺が30cm以上のものとなる。30cm以上でも目立たなかったり、解体できるものは普通ゴミに出してしまっていたが、本来は解体してもダメなのだそうだ。今回ぼくが処分したのはどう見ても粗大ゴミのものだけである。この55個の粗大ゴミを2日に分けて出したのだけれど、出す場所がないと大変なことになる。今日はなんとかマンションの敷地内に場所を見つけたが、少し距離があって、持って行くのにとても苦労した。先日は敷地の外に出して近隣の人に怒られた。
 今回のことから得た教訓は、粗大ゴミになるようなものをポンポン買わない、ということと粗大ゴミはこまめに出す、要らないと思ったらすぐに自治体に申し込んで処分するということだ。今はウェブでも申し込めるし、依頼方法を知るととても簡単な話だった。
 ちなみにこれを引越業者や不用品処分業者に見積をとると費用が13万円くらいになる。引越業者の不用品処分がなぜ高いかというと、作業員の数が必要なのとトラックがかなり大きくなるからである。さらに処分作業を廃棄業者に回す、その先もあるかもしれない。そうやって1つの物に対して費用が倍々でかかってくるそう。自治体の粗大ゴミは素材としてリサイクルするか自治体の処分場に回すなどするようだ。費用の例でいうと、カラーボックスという3段くらいの棚の場合、粗大ゴミだと300円だが、引越業者や不用品処分業者などだと3,000円になる。そうやって、ほとんどの品物の単価が5~10倍くらいになっている。冷蔵庫、洗濯機、エアコンは、家電リサイクル対象があるので、自治体には頼めないし、どこに頼んでも同じようなものとのことなので、引越の荷物が少なくトラックの大きさに影響しないということもあり引越業者に頼んだ。エアコンは取り外しの費用もあるり、見積書がどこかへ行ってしまったが、この3つで18,000円くらいだっただろうか。
 今回は引っ越し業者の営業の方が、がんばって自治体の粗大ゴミにした方が良いと助言をしてくれ、ここまで費用を抑えることができた。その分ぼくの時間と肉体を使ったことになるのだけど、単純に2,3時間力仕事をするだけで10万円くらいの削減ができたと思えば、良かったと思える。ご褒美に10万くらいで何かを買ってもいいと思ったけれど、それも粗大ゴミになるのかと思うと、慎重に使いたいものだ。
 あと今日は掃除もしてきた。DMMのいろいろレンタルで掃除機を借りて、何もない部屋をばんばん掃除してきた。何もなくなると新しい家の3倍くらいある。ここで家庭を築こうとしていたのだと思うと感慨深いものがあり、すこし涙目になってしまった、ような気がする。それよりも、好き勝手物を買いまくって、家をちょこちょこカスタマイズしていった、その後始末のめんどくささのほうが大きく、これからの生活観にしっかり活かしていかなければならないと、心を新たにしたところである。
 そして今週末にNTTの工事、レンタルした掃除機の返却、大家に鍵を返して、引越しは終わる。あと少しである。

ランニングを再開した。

 新しい場所でランニングを再開した。再開と言っても、今は週1で10kmしか走っていないので、先週引っ越した週を飛ばしたのみである。しかしもう引っ越して1週間経ったのか。引越しを思い立ってちょうど1ヶ月くらいでもある。時間が経つのは本当に早い。

 ランニングを気持ちよく走るためには、まず、決まった場所を、距離を計った上で走るのがいい。できるだけ走る以外のことは考えない。周回だけ指に覚えさせる感じで、ただ無心に走ると、走り終わったあと素晴らしい安らぎを得ることができるのだ。

 今日の時点では道がまったく分からないため、道を探りながら走ることより道選びに気がいってしまう。しかも知らない道なので、おっかなびっくり走ることになり、リズムが一定しない。心の緊張と体の疲れはまったく違うものだが、胸の高鳴りはそれを理解せず、いってしまえば走っていても走っている気がしないという感じになる。

 これはもう、慣れるしかない。走る道を決めて、何回も走って、雰囲気を体に染みこませる。例えば、犬の散歩とか、人通りが全くないとか、そういう雰囲気を理解して、ルーチンワークのように走れるようになると、本当のランニングに近づいていく。

 今日は道選びに疲れてしまって、いつもの半分5kmくらいしか走れなかった。帰ってきた緊張がとけてくるとちっとも疲れておらず、不完全燃焼である。走るルートを決めるのに、週1のランニングでは時間がかかってしまいそうだから、しばらくは週2、3くらい走った方が良いだろうか。なんなら明るい朝のうちに走ってみてもいい。走ったあと会社に行って1日持つかどうかも、この際実験してみようか。

謙虚さと傲慢さ

 ぼくだけではないと思うが、人は謙虚さと傲慢さを持ち合わせている。謙虚さを見せる場所と傲慢さを見せる場所を間違えないようにすることが、人間関係において大事なのではないかと考えている。
 たとえばブログを書く上では、傲慢さを出してもいい。むしろそのくらいでなければ味がでない。それとは違い、仕事や学びの場(読書などを含む)では、謙虚さを出さなければならない。仕事や学びの場においては自分など関係ないのだ。仕事は自分が使われている場面であり、学びの場は自分を変える場面であって、それに抵抗するような傲慢さは変化の邪魔であり、かつその場にいる人たちにとって迷惑なものとなる。
 ぼくはこの考え方に縛られているのか、自分の意見を話すと傲慢さが出てしまうことが、なんとなくわかる。だから謙虚にいたい場所では話すことができない。仕事の場において、自分の意見が求められ自分の意見に対する意見がある場所では、話すことができる。しかし学びの場では、話しを聞き自分に取り入れる以外のことをしたくない。
 これは人の考えに対して自分の考えを述べることが苦手であり、さらにいえば意見が対立したり相手の怒りを買うのを恐れているということでもある。自分としては、調和を図っていると思いたいのだけれど、何か物足りないとも思ってしまう。あるテーマに対して議論をして互いの認識を摺り合わせ、発展させていくことを対話というが、そういう場があると、自分の意見を話すことができるだろうか。

TSUTAYAという場所

 引っ越した場所には代官山蔦屋書店とSHIBUYA TSUTAYAという、2つの大きなTSUTAYAがある。ぼくは10年以上前になるが、大学に行っている4年間、実家近くのTSUTAYAでアルバイトをしていた。音楽が好きで、中学の頃から毎週のようにCDショップに通い、そしてCDを買い続けていたぼくは、最初はレンタルかCD販売を望んだのだが、結果的に書籍売り場で4年間働いたのだった。そこで本に興味を持つことになり、すこしずつ読書をするようもなった。ぼくはいわゆる青春の4年間の多くの時間を過ごしたTSUTAYAに愛着がある。
 先日代官山蔦屋書店に行ったときにTSUTAYAの創業者である増田宗昭の本「代官山 オトナTSUTAYA計画」を買って読み、増田宗昭TSUTAYAにかける思いやコンセプトを知ることが出来た。増田宗昭はコンテンツを所有するという生活に変化が起こることを察知し1983年にレンタル事業を始めた。TSUTAYAが全て持っていて貸し出すから持っている必要はないという環境を作ろうとした。それから20年くらい経ってできた代官山や渋谷のコンセプトは、「ない映画はない」である。DVD化されていない映画はVHSがレンタルされている。
 代官山は映画だけではなく、街の図書館ともいえる大規模な書店をつくった。4000坪のカフェのなかに本屋がある。その本屋のなかにスタバがあり、スタバのコーヒーを飲みながら本屋やCD、DVDを選ぶことができる。そして近年は図書館も運営するようになり、ビジョンが確実に現実になっているのだとわかる。
 先日は代官山、今日は渋谷に行ってきたのだけれど、TSUTAYAにいるといつも時間を忘れて歩き回ってしまう。知っている音楽や映画のことを思い出したり、聴いてみたいCD、観てみたいDVDを気軽に借りて帰れる。これ以上ないTSUTAYAに通えるという、とても素晴らしい環境に引っ越してきたと思った。

映画「フォレスト・ガンプ」を観た。

 今朝前の家に戻り粗大ごみの回収1回目が終わった。次回23日で全てが捨て終わる。しかし今日は、近隣の人に注意されるという事案が発生して、すぐに回収に来るからこのままにして欲しいという旨と、23日にもう1回こういうことになるということを言って、その場を収めた。23日にも一悶着ありそうで、すこし憂鬱になる。反省して必要以上のものを買わないといっても、完璧にはできないもので、粗大ごみが出たら1つずつ捨ていくのが平和であることを学んだ。もう前の家にはほとんど戻らないので、何があろうと乗り切ってしまおうと思う。
 また今日は平日なので、転出届と転入届をそれぞれの区役所に提出した。またぼくは運転免許証を持っておらずパスポートも期限が切れてしまったので、住民基本台帳カードを作る手続きもしたいと思っている。顔写真付きの住基カードがあれば、健康保険証以外の身分証明としては十分だろう。

 あとは途中休憩しつつプロバイダを解約したりiPhone6を触ってきたりと、外を歩き回り帰ってきたところで、映画「フォレスト・ガンプ」を観ることにした。この「フォレスト・ガンプ」は一度は見たことがあったと記憶していたが、一度も観たことがないことがわかった。観たことがあるという映画は、何か他の似た映画と間違えているかもしれないけれど、まったく思い出せない。

 映画のなかで、フォレスト・ガンプがアメリカの50年代~80年代の重要な歴史の場面に顔を出して、さらには有名になっていく姿がいちいち面白い。「一期一会」というサブタイトル(?)がついているように、本人の意思とは関係なく、また本人の理解なども関係なく、フォレスト・ガンプラグビー選手で有名になり、ベトナム戦争に行き、卓球で有名になって、エビ漁で億万長者になる。そして自分の子供ができる。特にベトナム戦争以降は、ババや少尉などパートナーとなる人物とのすれ違いと、それに伴って友情も強固になっていく場面が感動する。元々幼なじみのジェニーとはずっとすれ違いっぱなしであり、ジェニーが人生の物足りなさをドラッグ・セックス・ロックで埋め合わせ、最後は若くして病死するという生き方をして、フォレスト・ガンプは自分の意思とは関係なくアメリカンドリームを叶えるという究極の対比が、最後ジェニーの墓の前でフォレスト・ガンプがつぶやく「どんな生き方が正しいの分からない」という言葉を生んでいる。フォレスト・ガンプは、IQは低いけれど、それが故に正しいと思う行動することができ、相手のことがわからないときには自分が動けないと言うことにも正直だったのだ。確実に悪い方向に進んでいるジェニーを無理をしてでも離さないという行動が取れなかった。そして最後、それまで目の前につきつけられてきたジェニーやその他の人たちの生き方に対して、正しく「分からない」と考え吐露することができた。
 映画はフォレスト・ガンプの視点で描かれているので、傷ついて人生が止まるくらいにどうしようなくなることがなければ、周りに悪人も出てこない。延々走り続けていた時期が人生の停滞といえるのかもしれないが、走り続けているときに思い出すことは「前に進むためには過去を捨て去らなければならない」という母の言葉であった。
 人生の転機は自分の手のみで切り拓くものではない。見逃しているだけなのかもしれないと思う。未来の自分に過去など関係ない。もうすぐ終わる一連の引越し作業で過去を整理できれば、ぼくの人生も切り開けるかもしれないと思うことができた。