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「屍鬼」(アニメ)を観た。

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 夏バテか熱中症か、寝れば腰痛、立てば頭痛という状態になり、一日寝ていた。

 こんなときにもう何度目だろうか、アニメの「屍鬼」を見て、心に重たいものを乗せていた。この「屍鬼」は小野不由美の小説を原作とする漫画あり、その漫画を元にしたのがアニメである。テレビで放映されていない2話を含めた25話、ぶっとおしで観た。

 屍鬼という死んだ人間が起き上がった吸血鬼が人間を殺し、その殺された人間の一部が起き上がりまた人間が殺すという循環により、村が屍鬼に支配されそうになった人間が屍鬼に逆襲し滅ぼすという、人間対人間の血なまぐさい(後半は延々流血している)話しであり、アニメとしてはホラーに分類されるらしい。

 たしかに怖いのだが、この簡単に書いたあらすじにひしめく感情が、とてつもなく心に響いてくるのだ。アニメとしては独特の感情表現が秀逸である。髪の毛や骨格、動き、表情の演出もそうだけど、涙を流す演出が素晴らしい。あまりの惨状に気が狂ってしまった人間の描写など、見るに堪えない人もいるだろう。単純にみれば極端に描写しているということになるのかもしれないが、言葉に表せない感情を描写する演出として、美しいとさえぼくは感じている。

 さきほど人間対人間と書いたけれど、人間が屍鬼になった知り合いを殺すときの躊躇いや苦悩や、屍鬼になってしまった人間のコミュニティや人間を殺さなければならない苦悩、自分がなぜ起き上がってしまったのかということに対する苦悩が表現されている。どうみても誰も幸せになれない最悪の悲劇なのである。

 屍鬼が人間を餌だと思って殺せば、人間は屍鬼を虫だと思って殺す。現実でも、動物の感情を一方的に感じたりはするけれど、感じ合えるのは人間同士だけである。もし動物と思いを通じ合えたりしたら、殺して食べることなんてできなくなるだろう。それだけで、どれだけ人間は救われているのかと思わされた。