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「ものづくり」の大衆化は実現できるか

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 「ものづくり」という言葉が復権しているのか、「物」から目を逸らす若者を取り戻したいのか、エクスペリエンス(体験)でもデジタルでもなく、これからは「物」だという考え方がある。先進的な「物」を作りたければ、インターネットの世界でいうと、IoT(Internet of Things、モノのインターネット)という言葉が持ち出させる。日常のあらゆる物がインターネットに接続される世界がもう間近に迫っていると責め立てる。
 
 長年社会インフラはIT化を進めてきて、手始めに企業の業務の多くがIT化されてきた。しかしそれはまだ企業単位のイントラネット(閉じた世界)でのことだった。次第にこれらのIT化は飽和状態になり、今は更改・更新を繰り返すのみである。また他社との差別化する必要がない、どの会社にも必要となるノンコア業務、バック業務といったことは、パッケージ化とパッケージのカスタマイズを経て、今はクラウド化が進んでいる。
 
 ぼくはIT関連の仕事をしているのだけれど、仕事をしていていつも思うのは、ITなんか使わずに回る会社にしようぜ、ということだ。もちろん会社ではそんなことは言わないけれど。
 たとえば医療や鉄道のITによる効率化って、国民にとってなんのメリットがあるのか、よくわからない。自分の情報が色々な病院で共有できたとして、ぼくたちは本当に色々な病院を使うのだろうか。全国津々浦々の病院を使う人がいないとは言わないけれど、実際ごく一部の人だろう。もちろん国民のためではなく、病院は業務効率化により人員を削減し、失業者を増やすことができる。間違えた。病院の誰でもできる業務より世の中の役に立つ仕事をする人を増やすことができる。
  
 ぼくが知らないだけで、これからもぼくはITの恩恵に預かることに間違いないけれど、ことさらに推進する立場としては、個人的に違和感があるのだ。ぼくは仕事に対して真摯さを忘れないようにしているけれど、仕事の内容についてはどうでもいいと言ってもいいくらいにフラットだ。自分のいる会社が、クラウドは顧客にメリットがあり自社の利益になる、という定義をするのなら、ぼくは顧客に正しく提案する。これが仕事だと思っている。
 
 話しが飛びすぎているか。
 
 インターネットと物の話しに戻せば、色々な物をインターネットに繋げて、面白い楽しい以外の何の価値があるのか、いくら考えても思いつかない。情報を収集する側と情報を受ける側がWIn-Win、つまりお金が流通すれば成功なのかもしれないが、インターネットと接続する時点で、ほとんどの物の寿命が短いことは確実で、TwitterやLINEくらいの奇跡が起こらない限り、社会インフラにはなり得ない。UGC(サービスの利用者によって作られるコンテンツ)サイトの玉石混淆している状況が、今度は物に対して起こるようになると予測するが、ものづくりは基本的に無料ではできないため、無料のインターネットで満足できている世代に再び訴えるのは難しいような気がしている。(もちろんインターネットは無料ではないけれど、ユーザはそれを意識しないで使える)