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生理的嫌悪に嫌悪していた。

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 これは一種の潔癖といえるのかもしれないが、ぼくは生理的嫌悪を持つ自分に嫌悪感があった。それはぼく自身が生理的嫌悪の対象になっていることを考えると、自分のほうから誰かのことをそんな風に思うことなんて許されないのではという思いがある。
 ぼくは男であり普通に女の人に興味がある。みうらじゅんの言葉を借りれば、人生の3分の2はエロいことを考えている。こんなこというから、男とはとりあえずエロ目的なら、女であれば誰でもいいんだろう?と思われるのだろうし、実際そうかもしれないと思うところもある。
 しかしその人生の多くを占める女性に対するエロい感情は、対人関係というものの壁を排除したところにある。自分と関係がないと分かっているから、すれ違うだけでエロい感情が生まれるのだ。しかし対象となる女性が自分と対峙してしまったとき、エロい感情は相手との対人関係により隠れてしまう。
 具体的にいえば、見知らぬ女性のスカートが風でめくられたとき、パンツが見えないかと注目することができるけど、見知った女性のスカートが風でめくれたとしても、パンツを見ようとはできないということだ。
 話しを戻そう。
 ぼくは人生で数人、生理的嫌悪を抱いてしまうような女性と出会っている。彼女たちのことは、見るだけで気持ち悪いし、まあ、そういう人には近づかないのだけれど、そうなるまでにはある程度近づいていたということでもある。そう思ったら最後、男であれば気になるだろう、エロい感情さえなくなっていく。おっぱいが大きかろうが、いい匂いがしようが、それ自体に苛立ちさえ思えてくるのだ。
 ぼくはそんな自分が嫌だった。どんな女性にもエロい感情を抱いていたい。でもそんなの無理だった。ぼくも人間だったのだ。

 
 さて、ここまでぼくはなにを言っているのだろう。夏だからだろうか。