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映画「アナと雪の女王」を観た。

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 映画「アナと雪の女王」を観た。

 興行収入が日本歴代3位(今は2位?)となるほど多くの人が映画館で観て、またBlu-rayも100万枚を超えているそうだ。これだけ多くの人が観るだけあって、やはりとても面白い作品であった。ときおりミュージカル風になるときの歌声やメロディも素晴らしく、たしかに鼻歌を歌いたくなるものだった。 

 物語の感動というのは、登場人物がただ幸せなだけでは許されない。「アナと雪の女王」では、人間は自分一人が思うまま生きていくことはできない。人間同士の理解を求め、支えることを厭わない、つまり愛がなければ幸せになれない。ありのままの自分に生きるということは、愛に生きる先にあるということを、とても分かりやすく語っている。

 エルサだけのせいだけではないけれど、一度の失敗に囚われて、持てる力の使い方を誤り暗黒面に墜ちていったエルサと、記憶がないことを良いことに少しふてくされて調子に乗っていたアナが、お互いの愛を失い、それぞれ大変な思いをしてまた愛に戻る、姉妹の行きて帰りし物語である。また物語を押し進める、勇敢で愛のある脇役も含めて、誰しも登場人物を好きになりそうだった。 

 また、これは面白いといってしまっていいのか、喋っていることと字幕の内容が、かなり違うということに気づいた。ぼくは吹き替えと同時に字幕も一緒に読むことが多く、今回もそうしたのだけれど、台詞と字幕の追随が難しく、慣れるまでに少し時間がかった。気になる人は字幕を観て欲しいのだけれど、日本語の台詞は日本人を感動させるために作り込まれているといっても過言ではない。その証拠に、海外では「日本語に感動する」という、わけのわからない反応になっているのだ。それは元の映画の内容が変わってるといっているのと変わらないのではないかと思うのだが、いかがだろう。
 
 ここからは映画と全く関係ないことなのだけれど、エルサが乱れて世界を凍らせたあたりから、ぼくの家が異常に冷えてしまうという超常現象が起こり、暑い日に温かい珈琲を飲みながら映画を観るという、不思議な体験をした。温度設定はいつもどおりのはずなのに。