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なぜフィクションを書くのか。

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   昨日、このブログ以外に小説や短歌を書いていると書いた。そこに書くのを忘れたのだけれど、ノベルゲームも作っている。ノベルゲームといっても、ぼくはどうにも絵が書けなく、また音楽もつけられないので、サンプルの画像か無地の背景で文章だけを書き綴っている。

 紙芝居的にマウスでクリックしたり、画面をタップして進んでいく物語もまた、本とも映像とも違った物語の楽しみ方として興味深い。本も映像も、自分から読んだり見なければならないものであることは変わりがないけれど、ノベルゲームはクリックやタップという動作と選択肢による分岐で、より能動的に物語を進めているという意識が高くなる。

   正直、作っていて一番楽しいは、小説よりノベルゲームだったりする。情景描写が少ないというのもあるかもしれないけれど、主に会話で話が進むノベルゲームではあっさりした会話が続くと、とてもつまらなく感じてしまうことがある。小説では情景描写と会話が融合することによってスムーズに読めるというところもあるけれど、ノベルゲームは会話のほうが大事なのだ。そしてクリックするたびにちょっとした驚きがあると俄然面白くなる。

 そもそも、ぼくがなぜフィクションを書くのか。ノンフィクションというか、実用的なことをたくさん知っているのだから、そっちのほうが人の役に立つのではないかと思ったこともあるのだけれど、このブログの内容が限界だった。ぼくが知っていることは、ぼくが普段関わることができる人に、伝えるべきを考えて伝えればいいかなという思いもある。このブログは、いつか誰かに話しをするときのための準備とも言える。ブログの話題が多岐にわたっているように、ぼくにできる話しは意外と豊富だ。

 それに対して、小説や短歌、ノベルゲームは、見知らぬ誰かに面白がって欲しい。そして驚かせたい。だからノンフィクションでも、面白かったり、ちょっとした驚きがあるような文脈で書いていきたい。それはぼくが、色んな人が書いた本や映画やアニメやゲームに驚きながら楽しんでいるからに他ならない。ぼくがもし、自分が与えてもらったきたように、人にも与えることができたら、どんなに素晴らしいかと思う。これが、ぼくのちょっとした目標であり、さらにそれを多くの人にというのが、夢である。