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くだらなさをぼくは知らない。

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 会社が終わりいつものように本を読んだりブログを書こうと思い、今日はミスタードーナツに入った。近所のミスタードーナツは、人がいるときでも静かなときと煩いときの差が激しくて、今日はどちらかというと煩い日であった。ミスタードーナツでは、どういうわけか人の話を聞きたくなくても聞いてしまう。おばあちゃんやおじいちゃんの会話や、主婦同士の会話、バイトの集まりのような会話、色々な会話が繰り広げられる。

 ぼくはいわゆる世間話というものを一度もしたことがないような気がしていて、世間話をしている風景が、テレビの世界のような、枠の中の世界のように感じている。

 しかし今日の男女は、なんとも聞き応えのない話しを、ひたすら続けていた。声の抑揚がダサいせいか、さすがのぼくもイライラしていた。イライラしているけれど、まあ、ブログを書き始めれば集中して良い感じの雑音になるだろうと思いながらキーボードを叩き始めたけれど、イライラは止まらなくて、しかたないからこのイライラそのものを書くことにした。

 2人はとにかく言いたいことを言いつづける。楽しそうに語り合っているようで、何も話していない(ように見える)。ぼくには見えない糸電話で、2人の世界は繋がっているのだろうか。

 「変な子がいるの」
 「へー、そんな子知らないわー」
 「ひいたわ」
 「俺も頭おかしくなりたい」
 「ひくよ」
 「めんどくせえ」
 「だな」

 わりとこういう会話が延々つづくわけである。しかし楽しそう。本当に楽しいのだろうか。話すこと自体が楽しくて、話す内容は関係がないのだろうか。

 こんなことを言っているけれど、ぼくはもっと話したいのだろう。話す人がいないから人が話しているのを聞いているとイライラしてくる。毎日わざわざブログなんて書いているのだから、くだらないことをダラダラ話したいのだ。よく考えたら、昨日のブログも、一昨日のブログも、ダラダラひとり言を話しているだけじゃないか。人を相手にしたとしても、そういう風に好きに話せばいいのかもしれない。

 手足が寒いんだよね。IBSでお腹が変なんだ。健康ネタはいかにもな話しだ。俺の昔の奥さんがさー、とか、俺の夢はこんなんだよ、とか、あったことなかったことを盛って人生を語り出すとか、いかにもな話をすることができる。

 くだらないと思うことも、ブログに書くと面白いと思えることもあるし、結局は、思っていることを口に出すということで、人の世界をすこしくらいは緩ませたり歪ませることができるのかもしれないと思った。そう考えると、ぼくは「くだらない」ということがどういうことか、知らなかったのかもしれない。