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生きている人間には「物語」ではなく「歴史」がある。

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 ぼくは過去から現在に生きてきて、現在から未来に生きていくだろう。ぼくには過去の出来事があり、未来にも何か出来事が起こる。今はブログを書いている。


 人はときに、自分の人生を物語のように捉えることで、過去に意味を持たせたり、意味がある未来を描こうとする。そうしないと生きることが難しいということもあるけれど、物語というには、すこし不自然なものを感じる。人が語るその人自身の物語をうがって捉えるというわけではないけれど、語られる認識で本当に良いのかということを感じることがある。それは事実より解釈が物語になっているからなのだけれど、解釈というのは当然その人が作ったものでしかない。といってみたものの、その人自身で語る物語としては、それでも良いのかもしれない。事実をどう捉えているかは、本人にしかわからないのだから。


 ただ、物語としての解釈を善として、前向きに生きるために物語をこしらえる技術を勧めるという行為は、どこか間違っていると思っている。自分自身を納得させるために嘘をつくことは、偽物の強さであり、やがて思い描いたようにいかない自分を知ることで、簡単に崩れてしまうものだからだ。希望を持たなければ、絶望は起こらない。これは絶望から逃げる生き方ではない。希望を無下にする生き方でもない。絶望を抱えて沈み込んだり、希望に夢を膨らませたりしていると、最も大事な今を真剣に生きることができなくなるのだ。


 なぜなら、人の過去は物語ではなく歴史として捉えること、未来は希望ではなく予測に留めることで、今を真剣に生きられるのではと考えるからである。


 (明日に続きます)