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自由になったら何をしたいか。

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 ぼくは会社に勤めていて、今は会社以外でも活動をしかけているのだけれど、どうしてこんなことをしているのだろうかと考えることもある。何もしがらみのないぼくは、会社のような枠から飛び出して、やりたいことはないのだろうか。本当の自由を手にするために、もっと努力できることがあるのではないだろうか。

 昨今は会社というものに希望がないというか、そもそも正社員になること自体が大変でリアリティがないとまで言われるようになっている。精神的にも能力的にも正社員になれる人だけが生き残り、フリーになったり消えていなくなってしまった社員の補填をするために新しい正社員を補給しているようにも思える。

 ぼくは今、いわゆるIT業界にいるのだけれど、IT業界は1社しか受けていない。元々は学校教育に興味があったのだけれど、採用されることはなく、IT業界のこの1社から内定をもらえたので、今の会社に決めた。今年も新しい社員が全社員の1割弱入社するような、割と堅実な会社でもある。

 今も昔も学生はITとは何かを知る機会がないようで、企業と学生はアンマッチ、ミスマッチが起こりやすい。楽天やYahoo、docomoなどだけがIT業界ではない。世の中にはITで成立していることがあまりに多岐に渡り過ぎていて、あたりまえに存在してしまっているため、中の人のことはよく分からないということだ。ぼくが説明できるIT業界も、ごく一部でしかない。

 ぼくは運がよく、ブラック的な働きが常態化しているような会社ではなく、さらに運がよいと思うのは、普通に仕事が続けられているということだ。ぼくはIT業界で大きく分類した業種的にはシステムエンジニアに位置している。いわゆるプログラムを作ることができないが、ITを使う技術、顧客と様々な課題を擦り合わせる技術は持っていた。今の会社はそんな僕の居場所があった上に、無茶な努力をしなくても評価される。もちろん、そうなるように「仕事のやり方を学習した」ということはあるが。

 だからぼくは会社を辞めるというところまで追い込まれたりはしないのだけれど、もし会社に勤めなくても生きる力があるのなら、当然会社になど勤めたくない。しかしそれは、自由を求めることはではないと考えている。多くの人は自由な時間を手に入れて、自由に仕事をするということを夢を見るのかもしれない。ぼくは仕事をする以上、自由な時間はないし、自由な仕事などないと肌で感じているので、それをあまり信じられない。なぜなら、ほとんどの仕事には顧客がいるから、顧客の期待に応えなければならない。それは決して自由ではない。そもそも顧客のいない仕事は作業であり、その作業を仕事とするには顧客がいないと成立しない。

 お気楽だなと思われるところもあるかもしれないが、お気楽にすることが労働者の役目だと考えている。経営者という特別な存在のみが、会社のために生きればいい。労働者はまず自分の幸せを求めるべきなのだ。その役目を忘れるから、社畜だとか、愚痴が出てしまう。経営者と労働者の役割を明確にできない企業は滅びてもいいと思うが、労働者は自分からその役割を放棄してはならない。

 話がそれてしまった。

 ぼくが自由になったら何をしたいかを考えていた。ぼくは自由になったら、人を楽しませたりうっとりさせたり助けたりしたいと思っている。ぼくの能力を活かせる場があったとして、しがらみなく、自由にやりたいことは、人を幸せにすることなのだ。しかし今のしがらみのないぼくが自由な時間を手に入れてしまったら、何もできない自分に殺されてしまうかもしれない。

 だから、今ある時間でやれることを精一杯やる。今ある時間でできていないとしたら、時間がいくらあってもできないのだから。