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世界に短歌という爆弾を落とす。/「短歌という爆弾」(穂村弘)

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 ぼくは短歌を詠むことがある。今のところ歌会に参加したりするほど本格的ではないけれど、人の心を動かす短歌を書きたいと思っている。元々は短歌ではなくて歌の歌詞を書きたいと思っていた。しかし歌詞を書くということは曲がないとできないだし、曲を作る技術を持っていなかった。誰かの歌に歌詞を書きたいと思ってもそういうことをやるツテはない。このように歌を歌えない、詩を書けないぼくは、やがて短歌を詠うという表現方法を見つけた。
 
 話を戻そう。短歌に触れたきっかけは、ぼくがTwitterなどに書く文章を穂村弘に似ているという人がいたことだった。実際に穂村弘のエッセイを読んでみたところ、当然ぼくなんかよりも面白くて、さらに本業(?)は歌人だということを知った。穂村弘の短歌や穂村弘が紹介する短歌は、それまで思っていた短歌の雰囲気とはまるで違い、とても自由な雰囲気を感じた。短歌は57577の31音であれば何を書いてもいい。しかも57577を変形しても短歌でなくなることはない。
 
 穂村弘の「短歌という爆弾」を引用しよう。「必要なのは、今ここにいる自分の想いや感覚、夢や希望を、最高のやり方で57577の定型に込めること。それだけで短歌は世界の扉を破るための爆弾になる可能性がある」
 
 自意識過剰になって内面を卑下して、登場人物のいない世界の悲劇の主人公になった気になって愚痴をこぼすくらいなら、短歌の爆弾を落としていたほうが、世界が振り向いてくれるのではないだろうか。ぼくはこの期待通りにいかない世界に短歌という爆弾の導火線をつける。