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変化を求める。

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 ぼくは本質的は話しが好きである。自分の行動や考え方がなぜこうなのか?という疑問を起点に、主に大きな分野としての心理学や社会学などの視点から読み解こうとしてきた。そのときに気をつけることは、自分のことを特別視しないことだ。だから読み解くといっても特異な点を探そうするのではなく、自分みたいな類型の本質として捉える。そうすると、他の類型との比較もしやすくなる。

 しかしぼくはあまり本質を語れずにいる。抽象度を上げられず、また自分を棚に上げきれないでいる。ここは書きたいことをなんでもなく場所ということで、それを毎日書くための敷居としていた。敷居を下げることで毎日書くことができるだろうと思い、結果的に毎日書いているのだけれど、下げた敷居でも、なかなか本質的なことに至らない。自分なんてどうでもいいじゃないかと思いきれない。どうしても自分のことを考えてしまう。

 読者の顔色を伺わないというのは当然のことで、特に気にしているわけではないのだけれど、どうしても「期待」されるかもしれないことを目指そうとしてしまう。期待されているわけでもないのに。

 それでぼくは、敢えて期待される場所へ向かおうと考え始めた。個人ブログのように、期待されていないからといって、期待されたいと思う敷居を越えられないのであれば、その逆にいってみる。逆に振り切った反動で、変われるかどうか。その反動はなかば愚痴にようなものかもしれないけれど、今のように平坦につらつら書いていても、ぼくに変化は起きない。変化がない文章は面白くない。