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問いは間違っていないか? /「あたらしい哲学入門」(土屋賢二)

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答えが出ないで悶々とするような問いは、そもそも問いの立て方が間違っている可能性がある。
 
土屋賢二の「あたらしい哲学入門」が先日文庫化されたので改めて読み直しているところである。ハードカバーで出版された当時は哲学の面白い考え方だと思っただけであったが、再度読み直してみると考え方の「あたらしさ」に気づくことができる。
 
この本に限らず、本を読むときに例えば「一年後にもう一度読む本」という括りで評価しておくというのも面白いかもしれない。
 
人生の問いではないにしても、ぼくも生きていくなかでときおり悩むことがあるのだけれど、悩んでも答えが出ないし、答えがでないことを敢えて考えて悩んでいるのではないかと思ってしまうことがある。自分が何かに悩んでいるときには気づきにくいことなのだが、「答えが出ないこと」に悩んでいる場合は、一度立ち止まって、悩んでいることそのものが間違えていないか考えることができれば、すこし生きることが楽になるかもしれない。
 
ぼくは自分の中で悩みを頭の中でぐるぐるさせているのが当たり前だと思ってきたところもあり、しつこく同じことを考えることが自分にとっては正しいのだと思いこんでいた。しかしそれは逆のことをしていたのかもしれない。同じことを考えずに、絶えず新しいことを考えていく方が良いかもしれない。
 
そもそも考えていること自体を疑うというのは、自分が何かについて考えているときには難しいのかもしれないけれど、そういうときこそ、自分が書いたブログのこの記事に立ち戻ることで、一度考えていることの棚卸しをできればいいのではと思っている。