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家にいない理由がまだあった。

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体調は無事、回復傾向にある。会社に行くのが面倒になり会社に行かず家で対応するという、休んだのか休んでないのか分からない状態であった。とはいっても、これでもぼくは家で仕事をしない方だ。会社用のパソコンを持ち歩いている人がいれば、真夜中にメールを投げてくる人すらいる。

ぼくのパソコン環境は、家にいてもWindowsのパソコンを立ち上げるのは音楽を聴くためであって、インターネットにはほとんど使わない。インターネットはiPad mini RetinaiPhoneで十分である。

WindowsにはWordやらExcelは入っていないので、基本的に仕事関連のファイルは見ることができない。最近は最悪SkyDriveとかで見られるし書き込めるし、あまり気にすることもないというのもある。そんな態度で良いのかと思わなくもないけれど、困ったら会社に行けばいいやとも思う。それに、もう家でパソコンやサーバ遊ぶことをやめて3年くらい経つけれど、実際それほど困っていない。会社の仕事のための勉強とか、全くしなくなってしまった。それでもなぜか、あまり変わらない。自分の精神状態ややる気に関わらず、会社に居るときに全力でやっていれば、きちんと評価はされるのだ。会社の外で、会社の見えない場所で頑張ったりするから、評価されてないとか余計なことを考えることになるのではと思っている。

そう、ちょうどぼくが3年くらい前から、家に居ないということを覚えて、休みの日でも外をぶらぶらし始めた。その理由の一つは、家でパソコンを操作したりサーバをいじったりすることが苦痛だったからかもしれない。家にいると会社のことを考えてしまうから、自分を守るために、こうなったのかもしれない。

だから今家にうまく居られない状況は、以前とは違う理由なのだと思う。今は家に居てもほとんど会社のことを考えないようになっている。それなのに家に居られないというのは、なにか深層心理的に昔を思い出してしまうとか、そういう問題なのかもしれないとさえ思う。

こういうことを考えると、やはり引っ越した方がいいのだろうか。家に居ても会社のことを考えない、かつ家に居られるようになるということを目標にするのであれば、職住近接というのもありなのではと思うのだ。会社を私物化してはいけない気がするけれど、家で仕事するくらいなら、会社の機能をフル活用したほうが良い。そのためにはいつでも会社に行ける場所に住むのが手っ取り早い。

学生の頃のアルバイトは地元でやっていたのだ、その延長のように考えれば、地元で仕事をするのがいい。元々どうして地元で働かないのか、今となってはよくわからないのだ。仕事というのは、もっと生活に根ざしたものであってもいい。日本の社会は、労働と生活を切り離すことを目指してきたということになる。本当に有能な10%くらいが、地元の外に出てまで仕事をするような暮らしをしていれば良いのではないか。普通の人は、地元で働いて地元で買い物をしていればいい。

今年の秋には賃貸の更新がやってくる。もし引っ越すとしたら、ベストなタイミングはこの秋だ。ヘヤカツをした結果、引っ越すという展開もありだろう。