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体調が悪さが邪魔をする。

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体調の悪さが邪魔をする。
朝から動けずじっと過ごしていた。ここまで体調が悪くなったのは数年ぶりかもしれない。2014年に入ってから慢性的に体調が悪い気がするし、2013年からずっとこんな体調のような気がする。2012年のぼくの体調はどんな感じだっただろうか。と、年で区切ることに意味はなかったようだ。しかし、年々体調が悪くなったときの辛さが重くなってきているような気がする。年齢の問題だろうか。筋トレをしたりランニングをしているせいで、体調が良いときと悪いときの落差が激しくなっているという説を自分なりに立てていたりもする。体調が良いときは体調が悪くなってもなんとかなるだろうと高をくくっているのに、いざとなると動けなくなってしまう。

冷静に考えると、本当は外に出たくないだけじゃないかと思わなくもないけれど、こう考える時点で冷静じゃないと思いたい。確かに喉は痛いし鼻も痛い。咳やくしゃみで疲れているし、なにより今回は肩から上が張っていて、全身が気怠い。何もかもが面倒で、目を開けていることすら拒んでいるようだ。ぼくは自分の身体に対して憤っていて、その憤りを辛いものだと認識していて、辛いから動きたくなくなっている。ここまで書いておいて思うのが、辛いということと動きたくないというのは、「気持ち」だということだ。とすると、ぼくは辛くて動けないという気持ちを言い張っている状態ではないか。身体は、喉が腫れている、咳が出る、鼻の中の方が痛い、肩が痛い、首が張っている、ただそれだけだ。これくらいで辛いと言っているのは、ぼくだけかもしれない。他人が言う「辛い」はこんなものじゃないと思う。なぜなら、本当に辛そうだからだ。辛そうなときは辛そうな言葉をしているし、ぼくにはちゃんと辛そうな雰囲気が伝わってくる。だから心配になることがあるし、1日でも早く回復して欲しいと願う。しかしぼくが今自分に対して思っている「辛い」はなんとなく、理由は分からないけれど、嘘くさい。客観的に示す術がないからだろうか。それとも自分の体調の悪さを信じられないだけだろうか。

今日は自分の身体が主張してくる痛みにいちいち答えるようにずっとこのようなことを考え続けていた。しかしそれにも疲れてきたので、せっかくだから文字にして頭から追い出したほうが良いのではと思い始め、体調が悪いことをそのまま書いてみた。しかし声高に体調が悪いということを表明して何がしたいのか分からなくなってくる。実際に書いてみると、実に大したことない。もっと筆力を上げなければ、自分の体調の悪さすら正しく伝えることができないということを知った。身体が辛くて動けないということをそのまま書くから、読んだときの想像力が働きにくくなり軽く感じるのだろうか。最後のほうに自分の体調の悪さについて疑い始めているところが、特に怪しさを醸し出している。それほど自分が体調が悪くもなく、辛くもないではと思い始めてくる。いや、本当に体調が悪いんだけどな。体調の悪さが、体調が悪いと思うぼくの邪魔をしているようである。