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手書きに目覚めたいけれど目覚めない。

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定番の「できなかった」話しである。今年は手帳もノートも新調していないのだけれど、去年中途半端に使っていたMOLESKINEノートが2冊ある。1つは限定のカセットテープの模様のもので、もう1つはEvernoteとコラボしているモデル。Evrenoteとコラボしているほうを最近また鞄に入れている。消えるポールペンであるフリクションも一緒に。
 
このブログは手書きでのメモや下書きを諦めた結果として、iPhoneiPad mini Retinaでしか書いていないのだけれど、手書きの下書きがあったほうが思考が高まるかもしれないと思わざるを得ない言説をよく目にすることで、また惑わされている。以前、手帳術やノート術を学んだ後にたどり着いたのが岡田斗司夫のスマートノートで、ついこの前の岡田斗司夫のメルマガにも、手書きによる思考の深化について語られていた。ぼくも実はスマートノートの手法でノートを書きながら数ヶ月過ごしたことがある。どこにいってしまったかな。スマートノートの手法に従って安いノートにシステムカバーをつけて使っていた。今持っているiPad mini Retinaくらいの大きさで厚みがあり重かった覚えがある。書く場所は家ではなく、カフェなどで書いていた。
 
MOLESKINEを初めて買ったのは海外出張のときで、立ってメモをすることが多いのがわかっていたので、手に持ってもカバーの堅さが維持されるノートとして大活躍した。その活躍を普段の生活でも活かそうと思ったのだけれど、それができなかった。MOLESKINEの手触りとみっちり字を書く感覚は好きなのだけれど、どうも使い続けることができない。
 
そして今日の朝、とあるマクドナルドでMOLESKINEを出して字を書いたのだけれど、手が冷たくてすぐに挫けた。そもそも自分の字が気にくわない。字を書いている時点ですでに次のことを考えているからだろうか、字を書くことにやきもきして急いでしまう。それで1つ1つの字のバランスがおかしくなる。字が繋がっていないというか、1つ1つの字が独立して書かれている感じなのだ。字がうまい人というのは、字の傾きが全ての字で統一されているから、読み手の負担が少ない。だから綺麗汚いではなくて、うまいのだと思う。ぼくの字は1つ1つ違う方向を向いているから読みづらい。
 
さらにぼくは外で字を書いていると、妙に緊張して汗をかいてしまう。のぞき込まれているわけないのに、のぞき込まれるならiPhoneでも同じだろうに、字を書いている姿と、その字と、その内容を見られているかもしれないと思うと、周りが気になって仕方がなくなる。人前で字を書くときに異様に緊張して手が震えたりする人がいるけれど、ぼくがそれである。
 
ぼくのブログが支離滅裂になったり、急に話しが飛ぶということも、手書きをすることによって改善されるだろうか。手書きを元にキーボードで打ち込むという行為が推敲そのものであり、手書きからブログになるときには分かりやすくて読みやすく、難しいことを論じることができるようになるかもしれない。そのときは文字数も増えるだろう。ブログを育てるための方策として、なにか良い感触を得ることができれば、手書きに目覚めることができるだろうか。