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文章を書いてたって世界は変わらない

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はてなブログの記事の数が50を超えた。日数は44日休みなく連続して書いている。(正直に書くと、1日だけ0時を過ぎて公開日時をずらした……)

たった40日くらいで何が変わるんだっていうことだけれど、少しくらいは変わってくれてもいいじゃないかと思ってしまう。見える世界が広がるとか、今まで気づかなかったことに気づくとか。 書くことで「未知」にたどり着けるとまでは思っていない。ぼくにとって「既知」の事柄が可視化されるだけに過ぎない。そこに発見がないのも、当然の結果だと受け止めるしかないのだろうか。

このブログは1日の間に書き下したものを夜になったら公開することにしている。公開する直前に編集をして、何とか読める状態にする。一つの記事に何度も同じことを書いていたら修正するけれど、他の記事に書いたことであれば気にしないで残しておく。なぜならブログはどの記事から読まれるか分からないからだ。それにこのブログを購読(登録)してくれている方だって今のところ1人だしコメントもないことから読者が見えない。人の目を気にすることもない。

執筆スタイルは基本的にiPhoneで書く。家にいても、iPhoneで書いている。Evernoteを同期すればいいのだけれど、パソコンでは文章が書けない。フリックのしすぎで親指の付け根が痛い。

ブログを始めてから何回も記事にしているホットな話題は「持たない生活について」である。

・持つべきは「モノ」ではなく「コト」

・モノを持つことは「モノに対する時間」と「空間」を浪費すること

・毎日必要なモノ以外は必要ない

・ゆるりまいの「わたしのうちには、なんにもない」

・部屋を考える会の「部屋を活かせば人生が変わる」

これらの考えや本を元に、ぼくの考えや実行していることを書いている。そもそも、ぼくがこういうことを考える理由は、「家に居ても活動できるようにする」ためである。ブログも家のパソコンで書けるなら書きたい。今は、家が呪われているのではないかと思うくらいに家に居るとなにもできなくなって、夜になるとなにもできなかった後悔に喘ぐことになる。本を読むことも書くこともできなくなるし、録画したテレビを観ることも、集中力が続くのはせいぜい1時間くらいだ。映画のBlu-rayを落ち着いて観られないのにはとても困っている。

家にいることを解決した先には職住近接なんてことも考えていて、今の家の近くに職場を探すか、今の職場の近くに引っ越すか、4月までに方向性の答えを出そうと考えている。身軽になっていれば、引っ越しも楽だろう。

こんな風に書いていたって世界は変わらない。世界を変えるには、まず、ぼくの世界の中心である環境を変えなければならないだろう。